突然ですが、バトンを、横トリ(横浜トリエンナーレ)で、受け取っています。
仕掛人は田中功起さん。彼は横トリに出品されています。
横トリ会場(横浜美術館)にあるのは、
1番はじめは、田中さんが自転車で旅をする映像です。 ここに写っているのは「何気ない」風景です。劇的な起承転結を求めて見ると、つかもうと思ってもつかめなくなってもどかしさを感じます。ここでピリッと効いてくるのが「 A painting to public」というタイトルです。inでもofでもなくto。また、「自分が旅で見た風景」ではなく「旅をする自分」
映像をもうひとつ。美容室での一場面でしょうか。複数人で一人の髪の毛を切っています。綿密な話し合いにはじまり、こわごわと、あるいはにこにこしながらヘアスタイルを完成させていきます。
これらの映像では、日常ー特に自分と周りの人々や物との関係性が示唆されているかのよ
ところで、この作品は「いつ、どこに」あるのでしょうか?実際に映像に映っている行為が行われているところ?映像を見る会場?それとも、紙に書いてあるURLで映像を見ているところ?
どれも作品と言える、
ここで起きているのは、受け手が作品を作るという転倒です。作品は、周りを巻き込みながら育ち続けます。
1998年、フランスのキュレーター、ニコラ・ブリオーは『
(ちなみにですが、『relational aesthetics』はもうすぐ日本語訳が出るはずです。 また、「関係性の美学」に対して『表象5』にクレア・
さて、アートに限らない話をします。 日々生きていく中では、目的の達成こそが目的なのでしょうか? それではいつまでも「実り」
一方で、目の前がいくら輝いていても、
ということで、
もちろん、ここでリレーを止めてもかまいません。 また、このバトンは、いつでも、どこでも、誰にでも、
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